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こんにちは楽しみ太郎です!

 

今回は富岡八幡宮の富岡長子宮司をお伝えします。

それでは見ていきましょう。

 

岡八幡宮は長年、宮司一族(妹弟)の相続争い問題があったようです。

今回は富岡八幡宮の宮司である富岡長子氏や関係者など

いろいろと揉めていたようですね。

 

有名な神社をめぐるトラブルで、

大きな争いになったようです。

今回も大変な事件が起きてしましましたね。

では見ていきましょう!

 

 

 

   メニュー

・富岡長子氏のプロフィールと経歴は?

・富岡長子氏の家族の関係は?

・富岡八幡宮とは?相撲とのかかわりは?

 

 

・富岡長子氏のプロフィールと経歴は?

プロフィールと経歴

現在の富岡八幡宮の宮司である富岡長子氏ですね。

年齢は58歳

宮司になったと言うことは

大学にもいかれていると思いますが

まったく情報がありませんでした。

たぶん小学校は、地元の江東区立数矢小学校と思われます。

中学は、深川第二中学校が自宅から近いですね。

 

2010年から富岡八幡宮の役員会は

富岡長子氏を宮司にするように

神社本庁に具申していたようです。

 

 

 

結構時間がかかって

宮司になったようですね。

この辺でも、結構もめていた?

・富岡長子氏の家族の関係は?

この富岡家には以前より一族の争いがあったようです。

2014年12月 「東京都江東区富岡八幡宮で前宮司一族が骨肉の争い」と

フライデーが報道していました。

元・前宮司とは、長子氏の父親ですよね。

 

 

家族関係

前宮司・富岡興永(父)

現宮司・富岡長子(本人・長女)

前々宮司・富岡茂永(長男・弟)

他に次女(妹)がいる。

トラブルとは?

じつは、先代の宮司・父親から引き継いだのは、

弟の富岡茂永だったのです。

富岡茂永は駒大、皇學館大学を卒業後に

実家の富岡八幡宮で修行を積んだのち、

平成7年に父親である富岡興永前宮司の後継者になりました。

 

 

しかし、女癖と素行がひどく悪かったようです。

結婚3回、離婚2回!

銀座の豪遊は当たり前、フィリピンパブへの入りびたり!

 

 

こんなことを、繰り返していですね?

そのせいもあっての、結婚・離婚歴のようです。

しかも、借金まみれだったようです。

 

 

その為、一度は宮司の神職を息子に譲った父・興永氏ですが、

あきれて、息子・茂永の宮司職を取り上げ、

自身が再度宮司についたとのことです。

もうこのころから、家族、兄弟の争いごとが絶えなかったようです。

女性問題、金銭問題、財産問題・・・

もう、トラブルのオンパレード!

 

そして、前宮司が出した答え、次の宮司は、

現宮司・富岡長子(本人・長女)へのバトンタッチだったんです。

普通に見ると、親から娘へのバトンタッチと思えますが、

ひと悶着の後だったのです。

 

 

ここでも、遺産相続の問題が発生しています。

有名な神社をめぐる、

それこそ骨肉の争い!

関係者は、見ていられなかったでしょうね!

 

 

 

・富岡八幡宮とは?相撲とのかかわりは?

富岡八幡宮とは

富岡八幡宮とは、東京都江東区富岡にある八幡神社です。

別名:深川八幡宮とも言います。

1627年に創建された江戸時代の勧進相撲発祥の神社で「横綱力士碑」などがあります。

富岡八幡宮HP:http://www.tomiokahachimangu.or.jp/

 

 

主祭神:応神天皇(八幡神)

相殿神:神功皇后/仁徳天皇/天照皇大神/常磐社神/武内宿祢命/日本武尊/天児屋根命/竈大神

現在の宮司:富岡長子

相撲と富岡八幡宮

当宮は江戸勧進相撲発祥の地として有名です。江戸時代の相撲興業は京・大阪からはじまりますが、 トラブルが多くしばしば禁令が出ていました。その後禁令が緩み、貞享元年(1684)幕府より春と秋の2場所の勧進相撲が許されます。その地こそが当宮の境内だったのです。以降約100年間にわたって本場所が境内にておこなわれ、その間に定期興行制や番付制が確立されました。そののち本場所は、本所回向院に移っていきますが、その基礎は当宮において築かれ、現在の大相撲へと繋がっていくことになります。詳細は小島貞二著『江戸勧進相撲と富岡八幡宮』 (富岡八幡宮社務所)の一読をお薦めします。

横綱力士碑

明治33年、第12代横綱陣幕久五郎を発起人に歴代横綱を顕彰する碑が建立されました。この碑には初代明石志賀之助から67代武蔵丸関までの四股名が刻まれていますが、その大きさは高さ3.5メートル、幅3メートル、重量は20トンに及び、横綱を顕彰するにふさわしい堂々たる石碑です。
新横綱誕生時には相撲協会立会いのもと刻名式がおこなわれ、新横綱の土俵入りが奉納されます。また両側には伊藤博文、山県有朋、大隈重信といった賛同者の名が刻まれており、広く各界から協賛を得て建立されたことを物語っています。

出典:http://www.tomiokahachimangu.or.jp/htmls/sumou.html

深川八幡祭り

富岡八幡宮の例祭は8月15日を中心に行われます。俗に「深川八幡祭り」とも呼ばれ、赤坂の日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭とともに「江戸三大祭」の一つに数えられています。3年に1度、八幡宮の御鳳輦が渡御を行う年は本祭りと呼ばれ、大小あわせて120数基の町神輿が担がれ、その内大神輿ばかり54基が勢揃いして連合渡御する様は「深川八幡祭り」ならではのものです。

出典:HPより

 

 

 

 

これだけ由緒ある神社で、

参拝者も大勢いた神社の家族の争いは

本当に残念です。

神に仕えるはずの神職・宮司一家

なまじ人気があり、賽銭も莫大だと思います

これが狂わせたのでしょうか?

 

 

大相撲で日馬富士の暴力問題!

横綱・白鵬の傍若無人の行動!

どれも、神前で行う行事として考えてほしいものです!

 

 

日本は誰が何と言おうと、

神代の国から始まったのですから!

 

 

最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました。

 

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