
中道改革連合は立憲・公明の養分として取り込まれるのか?
「第三極」「中道改革」を掲げて登場した中道改革連合。
しかし、国政の現実の中で、その立ち位置は日に日に曖昧さを増している。
最近、永田町で囁かれ始めているのが 「結局は立憲民主党と公明党の養分になるのではないか」 という見方だ。
これは穿ちすぎた批判なのか。それとも、過去に何度も繰り返されてきた“第三勢力の宿命”なのか。
・選挙名簿が見せる現実
今回提出された中道改革連合の選挙名簿は、完璧な計算に基づいた「設計図」が描かれていた。
名簿の上位にずらりと並んだ公明党出身の24人の名前。それは単なる候補者リストではない。
前回2024年の選挙で、公明党が獲得した議席数と全く同じ数字を、
あらかじめ当選圏内として固定してしまう、鉄壁の名簿順位だった。
今回の選挙だが、風がどちらに吹こうとも、保守が割れようとも、
野党内部で活動家が叫ぼうとも、この24議席だけは揺るがない。
立憲民主党の活動家たちが、雪に打たれながら「自民党を倒せ」と叫び、
生活の苦しさを訴えて走り回れば回るほど、その声は巡り巡って公明党の地盤を固めるコンクリートとなる。
彼らが「原発反対」の思いを胸に秘めて集めた票でさえ、皮肉なことに、
原発再稼働を容認する公明党議員のバッジへと変わっていくのだ。
・「中道」という言葉の甘さと危うさ
中道改革連合の強みは、与党にも野党第一党にも距離を取り、
「現実的改革」を訴える姿勢にある。
だが同時に、それは最も吸収されやすい立場でもある。
明確な対立軸を持たず、政策ごとに柔軟な連携を模索する姿勢は、
有権者には「大人の政治」に映る一方、選挙や国会運営の局面では数合わせの対象になりやすい。
特に立憲民主党にとって、中道改革連合は「敵ではないが、完全な味方でもない」存在だ。
この距離感こそが、取り込みの余地を生んでいる。
・立憲と公明、それぞれの思惑
立憲民主党は、単独では政権交代の絵を描きにくい状況が続いている。
そこで必要になるのが、「急進的でない」「保守層にもアレルギーの少ない」補完勢力だ。
一方、公明党は与党内での存在感維持に常に神経を尖らせている。
政策協議や選挙協力において、中道的な勢力を緩やかに取り込むことは、党の生存戦略と親和性が高い。
この両者に共通するのは、「全面合流ではなく、部分的な連携」で十分だという点だ。
結果として、中道改革連合は独自色を失いながら、他党を利する存在になりかねない。
・過去の「第三極」が辿った道
日本政治では、第三極が一定の期待を集めながら、
最終的に既存政党に吸収・分解された例は枚挙にいとまがない。
政策協力の名の下で立憲寄りに傾斜
選挙区調整で候補を下ろす
国会対応で足並みを揃える
こうした積み重ねは、短期的には「現実路線」だが、
長期的には存在意義の希薄化につながる。
中道改革連合が今後も同じ道を辿るなら、「養分」という表現は決して過激な言い過ぎではなくなるだろう。
・生き残りの条件は「線を引けるか」
では、中道改革連合に未来はないのか。
答えは否だ。ただし条件がある。
それは、
「どことは組まないのか」を明確に示せるかどうかだ。
是々非々を掲げるなら、是々非々を貫く覚悟が必要になる。
選挙でも国会でも、短期的な有利よりも、独自路線を優先できるかどうかが問われている。
中道改革連合が自らの立場を曖昧にしたまま動けば、立憲と公明にとって都合の良い存在になるだけだ。
逆に、明確な「中道改革」の輪郭を描けたとき、初めて第三極は“使われる側”から“選ばれる側”へ変わる。
・問われているのは覚悟だ
中道改革連合は今、分岐点に立っている。
独自性を貫くのか、それとも現実に流されるのか。
有権者が見ているのは、きれいなスローガンではない。
「最終的に誰のために動く政党なのか」 という一点だ。
養分になるか、軸になるか。
その答えは、もうそう遠くない将来、はっきりと示されるだろう。

