こんにちは楽しみ太郎です!
今回はプロ野球で歴代最多の400勝を達成し、
ロッテで監督も務めた金田正一さんの訃報をお伝えします。
それでは見ていきましょう。
野球の巨星 金田正一氏逝く!
また一人偉大な選手が天国へ召された。。
6日未明、プロ野球で歴代最多の400勝を達成し、ロッテで監督も務めた金田正一さんが
急性胆管炎による敗血症のため都内の病院で死去した。86歳だった。
左腕で長身から投げ下ろす速球と大きなカーブを武器に国鉄(現ヤクルト)、巨人でプレー。
野球評論家、タレントとしても活躍し、多くの球界関係者から親しまれた。
独特の大きなフォームでしなやかな長い腕が振り下ろされ、なげられた球は、
相手バッターのバットに当たらずミットに収まる。
そして見せる仁王立ちのようなスタイルは、伝説となったシーンである。
弱小チームで投げ続け、14年連続で20勝を成し遂げている。
ノーヒットノーラン、完全試合これも達成している鉄人である。
金田さんのあまりにも有名な話は、長嶋選手との初顔合わせだろう。
黄金ルーキーと騒がれた長嶋茂雄が巨人に入団した58年。
2人は本紙の企画で開幕前日に対談した。
長嶋さんが「(後楽園のバックスクリーンに)打ちますよ」と発言したのを受け、
開幕戦で4打席4三振に斬ってとったのだ。
先輩プロ野球選手の意地だろう!
自己最多31勝、64回1/3連続無失点を記録したのもこの年。
「黄金の左腕」「球界の天皇」の異名を取った。
ブルゾンちえみは涙が止まらない!
お笑い芸人のブルゾンちえみは、ブレーク前にアルバイトしていた
ホテルで常連客だった金田さんと知り合った。その時は本当に励ましてくれたという。
ブレーク後も定期的に会っていたといい、「私にとって金田さんはすごく大切な家族のような存在でした。
バイト時代の私に『腹は減ってないか?ちゃんと食ってるか?』と
毎日のように気にかけてくれました」としのんだ。
偶然に今朝、金田さんに電話をかけた際に訃報を知り、「涙が止まりませんでした」といい、
「きっと今も私の側にいて、前と変わらず気にかけてくれているの
だろうな…しっかり生きていきます!!!」と誓った。
金田正一氏の経歴
氏名:金田 正一(かねだ まさいち)
国籍:日本
出身地:愛知県中島郡平和村(現:稲沢市)
生年月日:1933年8月1日
没年月日:2019年10月6日(86歳没)
身長:184 cm
体重:73 kg
選手情報
投球・打席:左投左打
ポジション:投手
プロ入り:1950年
初出場:1950年8月23日
最終出場:1969年10月18日
愛知県中島郡平和村(現・稲沢市)出身のプロ野球選手(投手)・監督、解説者・評論家、実業家・タレント。
国鉄スワローズと読売ジャイアンツで活躍し、日本プロ野球史上唯一の通算400勝達成投手にして、
同時に298敗の最多敗戦記録をもつ。更に通算奪三振(4490奪三振)、通算完投(365完投)、
通算イニング(5526回2/3)、通算対戦打者(22078打者)、通算与四球(1808与四球)
はいずれも日本記録。NPB史上最年少ノーヒットノーラン達成者。史上2人目の沢村賞3回受賞者。
引退後はロッテオリオンズ監督や日本プロ野球名球会初代会長を務めた。
<ウキペディア>
心の優しい面も後輩の選手からも聞こえてくる。
偉大な野球人、「金田正一」だった。
ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました。
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